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山形地方裁判所 昭和29年(行)10号 判決

原告 三浦作次郎

被告 山形県知事

補助参加人 岡崎理助

主文

被告が昭和二十九年三月二十六日付指令農拓第二一二一号をもつてなした、原告補助参加人間の別紙目録記載の農地の賃貸借契約の更新拒絶許可処分は、これを取消す。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の、原告と補助参加人との間に生じた分は補助参加人の各負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

その請求の原因として、原告は補助参加人岡崎理助より同人所有の別紙目録記載の農地を、昭和二十四年度の耕作開始期より昭和二十八年度の収穫の終る同年十二月三十一日までの五ケ年間の約で賃借、引渡を受け、耕作してきたところ、被告は賃貸人である補助参加人の申請に基き昭和二十九年三月二十六日付指令農拓第二一二一号をもつて右賃貸借契約(以下本賃貸借という)の更新拒絶の許可をした。しかしながら右許可処分には次のような違法があるから取消さるべきである。

(一)  本賃貸借の期間は前記のように昭和二十八年十二月三十一日までの五ケ年であるところ、賃貸人から原告に期間満了前更新拒絶の通知はなくて本賃貸借は従前と同一条件(期間も五ケ年)で更新されたのに、被告は右更新後の前記日時に更新拒絶の許可をしたものである。右許可処分は実現不能を目的とする処分であるから取消さるべきである。

(二)  被告は、補助参加人に本賃貸借の更新拒絶をなす正当の事由がないのにその許可を与えた。賃貸人である補助参加人は許可処分の当時家族数七名で田八反二畝五歩畑五反二十七歩を耕作し、本賃貸借農地三反三畝二十歩を取上げるならばその耕作面積は田のみで一町一反五畝二十五歩となるのに、賃借人である原告は、当時家族八名で本賃貸借農地を含めて田五反八畝十二歩畑八反七畝七歩を耕作していたが、本賃貸借農地を返還するに及んでは田地は僅か二反五畝二十歩となり飯米にもこと欠き生計が著しく窮乏すること必至である。しかも原告の右畑の約半分四反一畝三歩は毎年のように洪水に見舞われ、収益は一定せず、且つ、須川改修工事の提防敷地に指定され近く建設省に買収される運命にある。かかる賃借人の生計に支障を及ぼす賃貸借契約の更新拒絶には正当な事由がない。

原告は昭和二十九年四月二十七日被告の右許可処分に対し農林大臣に訴願したが、その後三ケ月をはるかに経過するいまもつて裁決がなされない。よつて本訴に及ぶと陳述し、

被告の主張事実に対し、

(三)  被告は、本賃貸借の期間の終期は昭和二十九年十一月三十日であるというが、そうではない。昭和二十八年度作の収穫完了時である昭和二十八年十二月三十一日である。このことは賃貸人である補助参加人よりの申請書に明記されている。申請人の意思を無視して被告が昭和二十九年十一月三十日であると認定することは許されない。

(四)  被告は、本賃貸借は一時賃貸借であると主張するが、そうではない。昭和二十四年四月二十日付許可書にはその旨の記載は何もない。また本賃貸借は、その締結のはじめ、ほんの暫定的、一時的の小作契約であるという当事者間の合意がない。期間五ケ年の普通小作といわざるを得ない。

と述べ、

二、被告訴訟代理人および指定代理人は

請求棄却の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、被告が原告主張の許可処分をしたこと、同許可処分につき原告が農林大臣に訴願したが、その裁決が未了であることは認める。(一)項は否認する。(二)項中原告および補助参加人の各家族数、耕作反別は認めるが、その余の点は否認する。と述べ、

被告は、次に述べる事情を判断して、賃貸人である補助参加人に本賃貸借を更新拒絶するにつき正当な事由があると認めて許可したものであるから、何等の違法はない。

補助参加人は、昭和二十八年一月二十四日、解約の申入をしようとする日を昭和二十八年三月三十一日土地の引渡を受けようとする日を同年十二月末日とする本賃貸借の解約の申入をしたい旨の許可申請書を被告宛に提出した。よつて被告の調査によると参加人の右申請の趣旨は昭和二十九年十一月三十日本賃貸借期間が満了するので、その更新を拒絶したいというにあることが判明した。被告は右申請書の解約申入の記載にとらわれず、更新拒絶の許可申請として取扱い、これを許可したものである。

(一)  本賃貸借は所謂一時賃貸借である。

賃貸人である補助参加人は、昭和十七年長男孫助が入営のため労力不足を来し、自作田山形市大字下椹沢字金石田二十六番二反九畝十歩および同番の一、二反八畝一歩合計五反七畝十一歩を原告に一時賃貸したが、孫助戦病死のため、長女富美子に婿隆志を迎え労力の回復ができたので、右賃貸農地の賃貸借契約解約の申入をするため昭和二十四年一月四日被告に対し、その許可申請をした。元椹沢村農地委員会は同月十一日右申請に理由ありとして別紙目録記載の農地を原告に一時賃貸させることを条件として許可相当の意見を付し、被告は調査の結果、右従前の賃貸借が特別事情による一時賃貸借であつて賃貸人たる補助参加人の労力の回復により、解約の申入には正当の事由があるものとして条件を付することなく許可すべきであつたが、当事者間に紛争があつたなどの事情から、結局右村農地委員会の意見を妥当として、昭和二十四年四月三十日別紙目録記載の農地を五ケ年間賃貸することの条件を付して許可したものであつた。被告が右条件を付したのは本賃貸借が一時賃貸借であることを明確にするためであつた。一時賃貸借でなく期間五ケ年の普通の賃貸借ならば条件を付して許可する必要はなく、ただ右許可処分とは別に当事者間にその旨の賃貸借契約を締結させれば足りた筈である。しかも右五ケ年の期間は、小作人である原告において、将来その果樹養蚕一般作物、酪農等農業経営の合理化を図ることの可能な余裕期間として決定したものである。

しかして、右被告の許可処分の以前である昭和二十四年一月十一日然らずとするも同年三月十四日頃、原告と補助参加人との間で、知事の許可あることを条件に、本賃貸借契約の締結がなされており、右許可処分後、当事者間で、原告がすでに従前の賃借地について昭和二十四年度作の準備を了えていたので、同年度の耕作は従前通りとし、昭和二十五年度作から従前の賃借地を返還して本賃貸借農地を賃借耕作する旨の合意が成立した。よつて本賃貸借は期間の始期が昭和二十四年度作の終了時である同年十一月末日の翌日である同年十二月一日、その終期が昭和二十九年十一月三十日なる一時賃貸借である。

(二)  仮りに、本賃貸借が一時賃貸借でないとしても、賃貸借人双方の生計、賃貸人の経営能力、その他一切の事情を考慮し、社会生活の実情に鑑み、衡平の観念に照らしても、更新拒絶の許可をなすべき、正当な事由が存するから、何等の違法はない。

(イ)  賃貸人補助参加人の農業経営能力

その自家労力は家族七名中、理助(五十三歳)妻すげの(四十九歳)婿養子隆志(二十九歳)長女富美子(二十八歳)三女照子(二十歳)の五名で相当の余力があり、農機具は六軒共同の自動耕耘機一台、二軒共同の脱穀機一台という大農具を所有するほか、必要な小農具をもち、そして本賃貸借地は元来同人の長年に亘る自作地であつたからその耕作には充分自信がある筈であるから、本賃貸借農地の返還をうけても経営能力が充分で生産力の増強が期待される。

(ロ)  賃借人原告の生計

原告は、賃貸人との水田面積を比較して、その飯米不足を挙げているが、本賃貸借農地を返還しても、その不足量は僅か年間二斗一升にすぎない。そして原告は年間一石の麦の収穫があるから食糧の自給にこと欠かない筈である。

次に、原告は、公簿上で畑八反六畝歩、実測一町一反を所有しており、右畑は同面積又はそれ以上の水田と同等の収益を挙げることができるから、畑作に力を入れるならば、充分水田の不足を補いうる。それは、五六、五瓦乃至一〇二、五瓦の蚕を掃立てうる桑園、果樹園となつているからであり、また山形市内の消費者に供給する蔬菜畑に適するからである。須川の増水による被害とか、河川改修工事の予定地となつているなどの主張はとるに足りない。

従つて原告は、本賃貸借農地を返還しても、生活の維持が困難となることはない。

以上のような本賃貸借成立の経緯、賃貸借人双方の諸事情を綜合して考え合せるならば、本賃貸借の更新拒絶の許可は正当な事由があつてなされたものということができる。原告の請求は失当であると述べた。

三、証拠〈省略〉

理由

一、被告が、昭和二十九年三月二十六日指令農拓第二一二一号をもつて、原告補助参加人間の別紙目録記載の農地の賃貸借契約の更新拒絶の許可をしたこと、同許可処分に対し、原告が農林大臣に訴願を提起したがその裁決未了であることは当事者間に争がない。

二、先ず争いのある本賃貸借契約の期間につき案ずるに、成立に争いのない甲第五号証、乙第一号証の二、第二号証の一ないし四、第四号証の二、証人田中邦太郎、武田実、岡崎理助(一回の一部)、原告本人の各供述を綜合すれば次の事実を認めることができる。

補助参加人岡崎はその長男孫助が入営したため労力不足を来し、その自作田山形市大字下椹沢金石田二十六番田二反九畝十歩、同番ノ一田二反八畝歩、合計五反七畝十一歩を右孫助除隊の際には返還をうける約定で、原告に賃貸小作せしめてきたところ、孫助は戦病死し、長女富美子に婿隆志を迎えたので右五反七畝十一歩の返還をうけて自作したいと考え、昭和二十四年一月四日賃貸借契約解約の許可申請をした。元椹沢村農地委員会は、賃貸借人双方の事情を調査し、原告より直ちに右農地全部を取上げることは妥当でないとし原告に賃貸人所有の本賃貸借農地を五ケ年賃貸することを条件に前記賃貸借契約の解約を相当とする旨の意見を付して山形県知事に申達し、その後なお双方に対し斡旋を試みたところ、同年三月中旬頃原告補助参加人間で、右五反七畝十一歩についての賃貸借を合意解約し、同解約について山形県知事の許可のあることを条件に、本賃貸借農地を昭和二十八年十二月三十一日までの五年間原告に賃貸する旨の合意が成立した。同知事は、右事情を調査した結果、同年(昭和二十四年)四月三十日本賃貸借農地を五年間原告に賃貸することを条件に、補助参加人に対し前記五反七畝十一歩についての賃貸借契約の解約を許可し、その許可書は同年五月五日原告、補助参加人双方に送達された。よつて本賃貸借契約は前記当事者間の合意に基き即日その効力が発生した。ところが、その頃既に原告が従来の賃借地五反七畝十一歩について昭和二十四年度の耕作準備をしていたので、双方合意のうえ、同年度の耕作は従前通りとし、右五反七畝十一歩の返還、本賃貸借農地の引渡のみは一年間遅らせ、昭和二十五年度耕作期前とした。

右認定の趣旨に反する証人秋山敬一、岡崎理助、岡崎すげのの供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、原告と補助参加人との間に、昭和二十四年五月五日補助参加人を貸主、原告を借主として賃貸借期間を同日より昭和二十八年十二月三十一日までとする本賃貸借契約が成立し、昭和二十九年三月二十六日付被告の本賃貸借契約についての更新拒絶の許可は、賃貸借期間が満了し、従前と同一条件で更新された期間の定めのない賃貸借となつた後になされたことが明らかである。

そうであるならば、右許可処分は本賃貸借の解約の申込をするについての許可をなしたものと解するのが相当である。原告の主張するように不能を目的とする処分として無効であるということはできない。

三、次に、賃貸人である補助参加人が本賃貸借を解約するにつき正当の事由が存するかについて判断する。

(一)  被告は、本賃貸借は一時賃貸借である。すなわち、本賃貸借はそもそも前記五反七畝十一歩についての一時賃貸借の解約の許可あることを条件に締結されたことから、またその五年という期間は賃借人たる原告が、右五反七畝十一歩を一時に返還すれば、その農業経営に支障を及ぼすことになるから、将来果樹、養蚕、酪農等に力を注ぎ経営の合理化を企り、小作地を返還しても農家経営に支障がないようにする余裕期間として、双方合意のうえでこれを定め、被告知事もかかる当事者の意思に従つて、本賃貸借期間を五年と決定した事情からみても、一時賃貸借であることは明らかであると主張するが、被告の挙示援用にかかる乙第一号証の二(成立に争がない)証人秋山敬一、川田満、岡崎忠貞、佐藤有三郎、岡崎理助、岡崎すげのの各供述、その他の証拠をもつてしても、賃借人たる原告が賃貸人に対して、本賃貸借農地を五年の期間満了後には直ちに返還することを約した事実を認むるに足りず、その他被告の主張するように本賃貸借が期間は五年であつても一時賃貸借にすぎないとの事情を認むるに足りない。

(二)  次に許可処分当時における賃貸借人双方の諸事情を検討する。

成立に争のない甲第五号証、乙第五号証の二、三、第六号証の三、成立を認める甲第七号証、証人岡崎理助(一、二回)原告本人の各供述を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

賃貸人、補助参加人  賃借人、原告

家族数    七名      八名

うち稼働人員  五       三

耕作面積

自作地 田  八反二畝五歩

畑  五反二七歩   八反六畝歩

借入地 田          五反八畝一二歩

貸付地 田 三反三畝二〇歩

畑 (本貸借農地)

昭和二十九年度

供出米石数  四〇俵     一一俵

収繭量

昭和二十八年 二一貫九〇〇匁 一六貫九二〇匁

昭和二十九年 五九貫四八〇匁 四五貫三〇〇匁

家畜     役馬 一頭   乳牛 一頭

なお、成立に争のない甲第八号証によれば、原告の妻は中風臥床中であることを認めることができる。

右認定事実によれば、賃貸人は現状のままで生活は安定しており本賃貸借農地の返還を受けなければならない緊急の事情はないのに反し、原告は、本賃貸借農地を返還すればその耕作田の面積は三反歩以下(それも小作地)となり、飯米にも不足することとなる。原告の畑作面積は賃貸人のそれを超えていることは明らかであるが一般に畑作農業は米作農業のような政府の強力な保護政策による利益を受け難くその生産物の価格は自由競争による市価の変動に激しく左右せられそれに大きく依存する農業経営は極めて不安定となるを免れ難い。本賃貸借の解約によつて、原告は現在に比し相当困難な農業経営に陥ることを推認するに難くない。

かかる賃貸借人双方の諸事情を考え合せるならば本件に於ては農地法第二十条第一項第四号所定の賃貸人から賃貸借の解約をなすにつき正当な事由が存するものとは云い難い。従つて被告のなした本件許可処分は取消を免れない。

よつて、原告の請求には理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 田倉整 丸山喜左エ門)

(物件目録省略)

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